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小学生も一人前

夏休みに入り小学生のお客さんが増えてきます。小さな一年生のお子さんが大きなサラブレッドに乗って動かしている姿には毎回感心させられます。最初はちょっと怖そうですがすぐに馴れて楽しそうに乗ってくれます。初心者レッスンの時に乗る前の説明をするのですが、説明のあと不安そうな大人たちには「大丈夫ですよ。このレッスンは小学一年生から受けてもらっています。皆さん楽しんで乗っていただいていますよ。」と安心してもらえるように付け加えます。そして馬に跨がりレッスンが始まると大抵は小学生の方が早く出来るようになります。子供達は楽しさに夢中になり怖さを忘れます。ところが大人達はいつまでも怖さが消えません。当然怖くなければのびのびと、怖ければ萎縮して体が固まってしまいます。それでなくても大人の体は固く子供は 柔らかいのですからさらに子供が有利となります。その上に大人は遠慮がちに力の無い合図するのですが、子供は遠慮なく言われるままに手や足が出ます。馬は大人だ子供だなどと見ていません。手や足が容赦なく出るか出ないかを見ています。と言うことで自分の言いたいことをズバズバと言えることが乗馬には欠かせないのです。そういうことで奥ゆかしい日本人には乗馬は難しいかもしれません。乗馬はずっと人間が馬を指示し続けて動かすようにします。馬から指示されることはありません。しかし、しっかり指示できないと指示されているようになります。馬にリードを許してはいけません。なにも遠慮する必要はありません。子供のように思い切って指示が出せれば、馬もどんどんついてくること間違いなしです。子供と大人が一緒に楽しく乗馬する光景が夏休みの思い出になれば提供する私たちも嬉しい限りです。
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アニマルウェルフェアについて

先日テレビで家畜のアニマルウェルフェアが紹介されていました。ざっくり言えばお肉になってしまう牛や豚や鶏なども生きている間はストレスのないように飼いましょうということがアニマルウェルフェアの概念です。どうせお肉になるのだからどんな扱いをしても良いのではないと言うことです。日本での取り組みは遅れているようです。多分、動物のことよりも生産効率が重視されているからでしょう。ただ番組でも紹介されていたのですがアニマルウェルフェアに従って育てられたお肉の方が美味しくなるそうです。割高になっても快適に育った美味しいお肉の方が求められれば普及すると思われます。
そして家畜以外にも展示動物、愛玩動物、実験動物などにもアニマルウェルフェアは適用されます。もちろん馬にも。私は今回初めてテレビでアニマルウェルフェアを知りました。 そこで馬に関する資料はないかとネットを探すと日本馬事協会が出している 「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を見つけました。読んで見たところ気になったことが3つありました。1つは粗飼料の不断給餌について。もう1つは馬同士の交流。残りは馬の観察は少なくとも1日1回というところ。蓼科乗馬ファームでは春から秋にかけて餌は青草で飼っています。朝から不断給餌になります。たくさん食べますが生の草のほとんどは水分です。ところが乾草で不断給餌となると生の草の何倍も食べることになるので1日の必要量を何度かに分けて与えることとなります。食べられない時間帯はストレスとなります。ほとんどの乗馬施設では不断給餌は難しいでしょう。当方も青草が終わる晩秋から次の春までは不断給餌とはなりません。その次の馬同士の交流となると更に難しいと思われます。自由に接触できる状態で複数の馬を放すと最初は噛んだり、蹴ったり、追いかけ回したりと激しく当たります。少しずつ収まるのですが、運が悪いと怪我や故障など痛めてしまうことがあります。この事からほとんどの乗馬施設では馬同士の自由な接触はさせないようにしています。交流の無い馬同士は人間が乗っている時にも噛んだり、蹴ったりしようとします。それが出来ないようにように馬間をあけて接触できないようにすればもっとストレスになりそうで悩ましいところです。当方では一緒に使う馬たちは全頭同時に馬場へ放します。蹴ったり噛んだりして痛めることもあるのですが、お客さんが乗っている時にそのようなことが起こらないために放牧は不可欠です。馬同士が痛まないで上手く交流できる方法を見つけたいものです。最後は馬の観察は最低でも1日1回ということですが、私は朝夕2回としています。それは疝痛の早期発見のためです。早い段階で発見し直ぐに運動させ内蔵を動かすことでほとんどは解決します。当方では17年間で疝痛で獣医さんにお願いしたのは1頭だけです。発見の早さがポイントですから、朝夕2回のチェックに見直していただきたいです。アニマルウェルフェアは知らなかったですが飼っている間は大切にするのは当然のことですよね。その上で人間が考える快適さと馬が感じる快適さは同じではないことも考慮せねばなりません。きれいに洗った後馬場へ放すと寝転んですぐに汚してしまいます。馬はきれいになったとは思っていないのか、汚れても寝転びたいのかいずれにしてもきれいになって良かったわけではなさそうです。

締めくくりは馬も人間もストレスにならない飼養管理を目指しましょうということですね。
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夏休みの乗馬


毎年夏休みは小中学生とそのご家族で賑わいます。旅行先でのアクティビティとしての乗馬です。初めて乗馬にチャレンジされる方や毎年来られる方、おじいちゃんやおばあちゃんと3世代でと微笑ましい光景が見られます。乗馬クラブに通っている方が見ればあまりの簡単さに驚くのではないかと思います。乗馬初体験の方が1レッスンで速足でバランスがとれるようになり、そのまま外乗まで行くことができます。その外乗も速足を織り混ぜながら歩くだけの外乗ではありません。これらが実現できるのは片手が鞍につかまることができるからです。お母さんと一緒に引馬で楽しそうな女の子。家族みんなでレッスンを受けて外乗へ。実物の馬の大きさに怖じ気づき泣き出す子。乗り終えてへとへとになる年配の方。乗馬クラブの馬場乗りから外乗へ。沢山の色々な乗馬が見られる夏休みです。蓼科乗馬ファームを始めるときに手軽に誰でもが楽しく乗馬が出来ることを目指しました。人それぞれの楽しみ方があっていいと思うのです。どんどん上達する必要もありません。今のレベルで満足であればそれでいいのです。もちろんもっと上手く乗れるようになりたければ練習あるのみですよね。問題は技術ではなくどれ程楽しいかということです。競技やプロを目指すなら技術を磨かねばなりませんが、趣味やアクティビティとしての乗馬であれば楽しいのが一番だと思います。そこで我々は色々な楽しさに応えられるように日々取り組んでいます。楽しさが見いだせない方は是非ご相談を、ひょっとしたら楽しくなるかもです。

久しぶりの雨


毎日せっせと草を刈っています。同じ場所から一夏に3回から4回刈り取ることができます。一巡すると最初に刈ったところは刈り頃となり2巡目が始まります。今年の梅雨は例年の半分以下の雨量で2番目の草の伸びが悪く、雨も必要だなと思っていたらこの週末は雨となりキャンセル相次ぎ営業になりません。しかしこの雨でぐんぐんと草は伸びるでしょう。お天気には太刀打ちできませんが、欲しい時に欲しいだけ雨が降ればいいのになあと夢見ています。九州や東北で豪雨で被害に遇われた方たちには申し訳ない他愛のない話です。蓼科牧場へ放牧に出した当才馬たちも雨に打たれて寒くないかな、大丈夫かなとちょっと心配です。本来は雨に濡れて、風に吹かれて陽に照らされて、全てを受け入れるより他にないのが馬ですからきっと雨を受け入れて晴れるのを待っているのでしょう。ファームの馬たちは雨の日はお休みが分かっているのか大変のんびりした様子です。どんなに科学が進歩しても当分お天気を超えることは難しいことのように思えますが、天候不順で災害が起こらないことを願うばかりです。

蓼科牧場へ放牧


いよいよこの春に1才になったミルキーとソフィーを蓼科牧場へ預けました。放されてしばらくは我々の傍らで草を食べていましたが、100m位離れたところにいる馬に気付き駈けよって行きました。鼻面を寄せて挨拶を済ませると一目散に我々の元へと戻ってきます。知らない馬がいたことを、でも大丈夫だったことを伝えたい様子です。それからもう1度先程の馬の所へ、再び猛ダッシュで我々の元へ。やっぱり大丈夫と言わんばかりです。そこで我々は馬から離れて牧場脇の「牛乳専科もうもう」で名物のソフトクリームを食べてから帰り際にちらっと2頭が最初に我々がいたあたりで草を食べていました。10月下旬まで雨の降る日も風の吹く日も虫に集られようと自力で生きて過ごします。その代わり食べ放題、見渡す限りの運動場です。秋には見違えるような立派な馬になっているはずです。戻って来たらいよいよ調教が始まります。一人前になるにはまだまだ長い道のりです。

知らないだけの馬

近くの馬好きのお爺さんに新馬の鞍付けを頼まれました。4才の和種混じりの雑種です。毎回新馬の鞍付けには緊張させられます。普段乗っている馬たちは簡単に馬装され、人間に従って動きます。ところがそれまでただ飼われていただけの馬にとっては鞍を付けられたり、人に乗られたりが大変な恐怖となります。馬は恐怖を感じるとその場から直ちに逃げ出さなければなりません。逃げることが命を守る事だと考えています。逃げたいのに逃げられないと更に怖くなりパニックになってしまい手が付けられなくなることもあります。では、どうして鞍を付けられたり、人に乗られたりすることが怖いのかといえば、それらが馬にとっては未知のものであるからです。馬が怖いと思うものは以前実際に怖い思いをしたものと、今までに遭遇しなかったものや出来事に別れます。以前に体験した怖さはどの程度の怖さかわかりますが、未知の怖さは限りなしです。では馬にとって鞍を載せて腹帯を締められ人が跨がることが苦痛かといえば、そんなことはないはずです。調教されている馬たちは苦痛に耐えることなく人を乗せています。つまり知らないことは危険なことと思い込んでいるのです。
さてこの新馬にもいつもの手順で鞍を載せる頃合いをみてそっと鞍を載せて腹帯を静かにゆっくり締めてみます。初めてお腹を締め上げられるのに意外と落ち着いた様子です。調馬索で追うと鐙が揺れて馬の腹を叩くで訳が分からずバタバタと走ります。しかし暫くすると落ち着いた速足で調子よく回りはじめます。どうってことないことがわかるのです。そしてまた頃合いをみて鐙に左足をかけ体重を載せると最初はすぐに動こうとするのですが徐々に動かなくなります。そしてようやく右足が馬の背中を超えて鐙に収まります。遂に乗ってしまいました。 ほとんどの馬は固まってしまうのですが、乗った瞬間にロデオになることも稀にあるので緊張が走ります。この馬は大丈夫でした。固まっています。次は動かすのですが、これがまた緊張の一瞬となります。最初の一歩が出たとたんにロデオ状態となることも。蹴られたら前進という合図はまだ知りません。左右に頭を曲げると曲がった馬体を戻そうと後足を動かします。何度か左右へ動かした後で動きだしたらすぐに頭を真っ直ぐにすると前へ進みます。馬の頭を行きたい方へ向けるとその方向へ向かって歩きます。右回り、左回り問題がなければ速足です。どうして人を乗せてぐるぐる回っているのか理解してはいないでしょう。ただ苦痛ではないことを理解してもらえばよいのです。今回は落ち着いてよく理解してくれました。きっと次回以降上手く関わっていけそうです。馬の調教は馬が知らなかったことを怖いものではないと思わせることだと思います。なにが怖いのか、どうすれば怖いものでなくなるのか馬を見極め、適切に導けなければ逆効果になることもあります。どの馬も皆違い同じパターンはありません。調教する我々は多くの馬と接し沢山のデータを蓄積しそれらを駆使して想像力を高めねばならないのです。安心させられるか 怖がらせるか馬の一生がかかる大切な仕事です。どの馬も安心させられるようになりたいとまだまだ勉強の毎日です。

モンゴルで乗馬

先日、8月下旬にモンゴル乗馬ツアーに行くという女性お二人が外乗の練習に来ました。以前はブリティッシュの乗馬クラブに通われていて最近はあちこちで外乗するのがお気に入りのお二人です。たまたまその流れで昨年12月に当ファームで外乗に来られました。私はあまりその時のことを覚えていなかったのですが、駈足の時に「その乗り方は危ないですよ。落馬しますよ。」と注意したらしいです。普段からお客さんには快適に乗れるように外乗中にいろいろとアドバイスしては外乗での乗り方を知ってもらおうと考えています。馬場乗りのままでは快適に乗れないからです。で、そのお二人には私の注意がピタッとはまったそうです。以前通っていた乗馬クラブ主宰のモンゴル乗馬ツアーで落馬したり、バランスを崩したり、思いの外上手く乗れなかったらしいのです。そこであちこち外乗に行きもっと上手く乗れることを目指して次のモンゴルへ備えようと思われていたようです。昨年から6回ほど来られたのですが、後半の3回はモンゴル乗馬に絞って練習しました。まず一番安定したポジションと体の動かし方を知ること、そして馬をコントロールすることを中心に外乗で練習します。乗馬クラブではお尻を鞍から浮かせてやや前傾して駈足をすると教わったというのですが、これはとても不安定です。落馬のほとんどは前方へ落ちます。落ちる直前の姿勢は上体は前傾し足は後方へつま先が真下へ向いています。このことから足を前方へ上体は起こすようにするのが良いでしょう。。鞍にはしっかりと座骨が着くようにした方が安定します。そのためには馬の動きと同じ動きが出来なければなりません。頭では理解出来ても体はなかなか動きません。お二人も大変そうでしたがかなり近づくことが出来ました。そして最初の不安定な態勢にはもう戻れないと、乗馬クラブで習ったことは何だったのかと言われました。馬場の中で前の馬に続いてぐるぐる動くだけではモンゴルでの乗馬は厳しいことです。今回も外乗でお二人に交代で先頭になってもらい自分で先を見ながら馬をコントロールすることを練習しました。視界も広がりますます安定する感じをつかんでもらえたようです。今までは乗れているのかいないのかも実感しなかったらしいのですが、今はそれがわかるようになったと嬉しそうに話してくれました。さてモンゴルで遊牧民のように颯爽と駈け巡ることが出来ればいいですね、9月に来られるのが楽しみです。

東京都の犬の殺処分ゼロ


今朝のテレビニュースで東京都の犬の殺処分がゼロになったことを伝えていました。新聞には介護を必要とするペットが増えていることを伝えていました。犬と違いほとんどの馬は殺処分となります。僅かに最後まで飼ってもらえる馬もいますが極僅かです。馬は動けなくなると生きていけません。群に追随できないと生き延びることはできません。つまり介護されるようでは生きていけません。飼われている馬は野生ではないのでそんなことはないと思われるでしょうが、野生でなくても動けない自分が次に襲われると感じ生きることより捕られる方へとモードが切り替わると思われます。動けない馬は常に襲われる恐怖にさらされるのです。そうなると生きるスイッチが切れてしまいなかなか助からなくなります。いつまでも生きていたいと思うのは人間だけで動物はどうもそうではないように思えます。動物は命を繋ぐことが一番で自分の長生きは二の次で、老いて仲間の足手まといにならないようにと考えているのではないでしょうか。馬の殺処分ゼロや介護はなかなか難しいのですが、いつまでも使える馬にできれば少しでも長生きさせることはできます。使えない馬になってしまうと処分です。このあたりの使える、使えないは人間に委ねられています。馬にはどうしようもできません。良い調教をされて良い馬になれれば少しでも長生きさせることが出来るはずです。因みにアメリカでは老齢で使えなくなった馬は放牧され死を迎える迄そのまま自然に任されます。馬たちは長生きしたいと思ってはいないでしょうが、日々全てを受け入れて懸命に生きています。その事を忘れずに飼っている間は大切にしてあげることぐらいしかできないのが現状です。いつか馬の殺処分ゼロの日がやって来ればいいなと願っています。

人間に乗られて出来ていく馬


どんな馬も 初めからすいすい 乗れるわけではありません。馬は人間に乗られるために生まれて来たのではありません。本来は草原で自由に、日々危険と向き合い種を守ることが馬に与えられた生きる道だと思います。たとえ人間に飼われ続けて野生を知らない馬でも本来の遺伝子が本能を守ろうとしています。危険から身を守るために他愛ないことにびくびくしています。種を絶さないよう牡馬は牝馬に挑みます。危険ですから牡馬は皆去勢されてしまいます。そんな馬たちも人間と関わりながら少しずつ人間に従って動くことを学びます。良い動きを学んだ馬は良い馬に、悪い動きを学んだ馬は悪い馬になります。馬は大変よく人間の動きを見ています。毎日乱暴に扱われるか、丁寧に扱われるかで馬の動きが全く変わってしまいます。誰が乗っても全てそれが馬の調教になっています。例えば蹴っても蹴っても動かないことを繰り返すと、蹴っても蹴っても動かなくていいよと教えています。ますます動かなくなります。そんな馬でも上級者が乗るとサクサクと動きます。きっちり見分けているのです。初心者が乗ると元通り、上級者は動いて初心者は動かないと教えているのです。なんとなく調教とは良いことを教えることのように思えますが、馬は悪いことも学びます。子供と同じで悪いことの方が簡単に身に付くのです。悪いことを学ばせないためには馬に悪い動きをさせないことです。馬が思い通りに動いていないレッスンを続けるとどんどん思い通りに動かない馬になってしまいます。日頃のレッスンや手入れが馬を作り上げます。インストラクターの手腕が問われます。乗っている方には責任はありません。インストラクターの問題です。良い動きのレッスンができるには良い馬と良いインストラクターが要るのです。



中学生が職業体験にやって来た


茅野市内の中学生が市内のいろいろな職業を2日間体験する企画に毎年参加しています。先週4人の中学生が体験に来ました。初日の顔合わせに「乗馬は儲からないし、作業は大変だし、超ブラック事業なのですよ」と始めます。「10年、働けば一人前かな。」などと続けます。それでも馬を前に楽しそうな笑顔です。そして次の日の夕方、最後に「明日から学校だけれどここで働くのとどっちがいい?」と聞くと全員「学校!」となりました。この仕事、本当に面白くなるには3〜5年はかかるでしょう。更にできるとなれば10年はかかりそうです。10年続けばよいのですが、途中で離脱すると困ります。乗馬のキャリアは他の仕事ではなかなか加味してもらえません。「乗馬の仕事してました。」「へぇー。」で終わりです。もちろん世の中キャリアだけではありません。乗馬の仕事で積み上げた経験は他の仕事でも必ず役に立つはずですが、現実は厳しいです。以前は馬に乗せてもらえるなら何でもしますくらいの若者が集まってきたものですが、最近はどんなに募集をかけても働きたいと思う若者は見つかりません。この先、団塊の世代が遠ざかり若い方も減ってしまうと乗馬のニーズは減るばかりで、そのうえ提供する側も高齢化し若い働き手が減ってしまうと乗馬全体が先細ってしまわないかと危惧します。子供の頃から危ないことはさせてもらえず、運動会の騎馬戦でさえ出来なくなってどうして本物の馬に乗れるのでしょうか。これ程楽しいものはないのに廃れしまうのは勿体ない話です。どうにかして乗馬の楽しさを残したい気持ちでいっぱいです。私の持っている楽しめる乗馬の技術をできる限り広く残せるようにと模索しております。
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